第十九篇 秤等す夢幻の理想郷 W
著者:shauna


 『清漣(せいれん)より出でし水煙(すいえん)の乙女 山海を流浪する天の使者 灼熱の業火を纏う紅の蜥蜴(とかげ) 気高き母なる大地の僕(しもべ)その全てを以って我は創造する』

 シルフィリアの詠唱は尚も続く・・・。


 見た目によらず、エクスカリバーを持ったシュピアの攻撃は繊細かつ力強い・・・
 剣筋がまるで一本の線に見える程に素早い剣捌き・・・。その瞬剣は徐々にファルカスの腕や足や体に切り傷を付けていく。
 
 しかし、ファルカスも負けてはいない。薙ぎ払い、袈裟に斬り、突く・・・。
 相変わらず不利ではあるが、時間はしっかりと稼いでいた・・・。


 ただ、やはり気がかりなのは先程シュピアが言っていた一言。
 
 “魔道学会の術を見せる”とはどういうことなのか・・・。

 そんな時・・・一気にお互いが剣を振るい、鍔迫り合いになり、顔が近づいた所でシュピアはニヤッと笑みを浮かべた。


 「クッフッフ・・・やはり君は弱い・・・。」


 ファルカスの心の内を知ってか知らずか、シュピアがそんな一言をかけてきた。

 「あぁ・・・そうかもな・・・。でも、剣の力に頼らなきゃ何にも出来ないお前よか数百倍マシだろ?」
 
 挑発でそう言い返すモノの、その言葉に対してもシュピアはクックックッと笑う。


 「だから君はダメなんだよ・・・。自分のことばかりで周りが見えてない・・・。」
 
 「・・・どういうことだ?」
 「こういうことさ・・・」

 シュピアは空いた腕を突き出すと静かにその手を無防備なサーラへと向ける。


 そして・・・

 『電撃爪(フォース・ボルト)!!!』

 そう唱えると同時にシュピアの指の先からサーラに向けて、青白い電撃が放たれた。

 「ちょっ!!!ちょっとぉ!!!!」

 その行為にどうしていいか分からないサーラ。
 
 (クソッ!!! 聖堂全体を覆うようなバカでかい『退魔結界陣(ホーリー・フィールド)』を張っている今、サーラは完全に無防備だってのに!!!)

 そう悔やむと同時にファルカスの体はサーラに向けて動いていた。
 一気に彼女との距離を詰め、持っていた最後のエアブレードを彼女の足元目掛けて投げつける。

 それが避雷針となり、なんとかサーラへの直撃だけは避けられたのだが・・・。



 「!!!ファル!!!後ろ!!!!」



 気が付いた時にはもう遅かった。
 
 後ろではすでにシュピアがエクスカリバーを振りかぶっていたのだ。

 クソッ!!あと少しだってのに!!!!あと少し時間を稼げばいいというのに!!!

 
 「勇敢だったな。そして聡明だった。だが、それが命取りだというのがなぜわからん?」
 「・・・悪いな・・・俺は覚えが悪いんだ。」
 「だから・・・それが命取りと言ってるだろ・・・。」

 そう言ってシュピアの剣が振り下ろされる瞬間・・・。


 「ファルカスさん!!!」

 叫んだ方向を向くと、鞘に入ったままの剣が飛んできた。

 ファルカスはそれをキャッチしてすぐにシュピアの斬撃を防ぎ、剣を抜いて追撃。しかし、シュピアが瞬時に身を引いた為、仕損じてしまった。
 
 
 しかし、剣を投げたのは誰なのか。ファルカスがそちらを見てみると・・・


 リオンと勝負中のロビンが笑っていた。こちらと違って、あちらはかなり優勢らしい。息切れ一つしてないロビンに対し、リオンは肩で息をしているし、服もボロボロだった。

 「僕がいること・・・また忘れてたでしょ。」
 「サンキューロビン!!!」


 そう言ってファルカスはスライディングしてサーラの足もとに投げた剣も持ち、鞘を捨てて二刀流に持ち替える。
 そして一気にシュピアに襲いかかった。

 まるで踊るように体を回転させながら上下でシュピアに連撃を与える。

 一時は優勢に見えたが・・・

 それでもついに先に使っていたエアブレードが耐えきれずに砕け散る。

 すぐにそのブレードを捨ててロビンから貰った剣を両手に持ち替え・・・

 一度距離を取って、大きく振りかぶった。


 そして、2人の呼吸が合った瞬間・・・

 両者は一気に勝負をつけるべく、一気に畳み掛ける。
 ものすごくアクロバットかつ洗練された剣捌きで何度も剣がぶつかり合い、時にはお互いワザと空振りさせたりしながら、次々に技を繰り出していく・・・だが・・・


 ついに、闘いも終わりを告げた。


 最後のエアブレードが折れた瞬間・・・シュピアは勢いよくファルカスの腕目掛けてエクスカリバーを振り抜いたのだ。

 刹那、ファルカスの腕が宙を舞い、血液が飛散する。


 あまりの痛さにファルカスもその場に倒れこんだ。


 「ファル!!!」「ファルカスさん!!」

 2人が叫ぶ。

 それを見たシュピアは疲れたようにエクスカリバーを降ろした。


 くっ・・・とシュピアも痛みをこらえた。
 正直、あれ以上戦ってたら自分も危うかっただろう。

 エクスカリバーの伝達司令についていけずに体が悲鳴を上げている。
 そう思って、フゥ〜と一呼吸入れた時・・・








 誰かがコツコツと大聖堂に歩み入る音がした・・・



 『 外と内で隔てる物 内と外を結ぶ物  我は地を紡ぎ 日を導き 星を運ぶ 界線に生まれし高みに登る天に住まう神々 大いなる暗黒の淵より出(いで)し命数を掌握する魔王達  風雲となり雷鳴となり雲脚速(と)く我が力と成せ』

 シルフィリアの詠唱も終盤に差し掛かる。



 そんな時に・・・誰かが聖堂に入って来たのだった。
 それは全身を黒いローブで覆い、手に杖を持った男。


 「・・・貴様・・・何故ここにいる・・・。」

 シュピアがそう尋ねた。

 「いや、聞くだけ無粋だったな。そう言えば、我々の決着はまだついて無かったな・・・。」

 男は尚も歩き続け、サーラの脇をすり抜ける。


 「サーラさん・・・下がって・・・」

 それが誰か分かったサーラはスッと数歩後ろに下がる・・・。

 やがて男はシュピアと数メートル距離を置いて歩みを止めた。

 「ファルカスさん・・・大丈夫ですか?」
 「あ・・・あんた・・・」

 ファルカスもそれが誰か分かり、戸惑いを隠せない。

 「もう身体は大丈夫なのか?」
 「・・・わかりません。でも、シルフィーが戦っているってのに、俺だけ休んでるのは嫌ですから・・・。」



 男にシュピアがゆっくりと歩み寄る。
 そして、丁度良く間合いを取って

 「君が相手なら・・・やはり剣で決着をつけなくてはな・・・。」

 騎士のように顔の前に刀身を持ってきてから、エクスカリバーを斜めに構えた。


 「残念だけど・・・今回は手加減なしだ。シュピア・・・。」
 そう言って男は首元のローブの留め金を外す。

 ローブが床に落ち、中の人物が明らかになった。
 黒のスラックスに白のワイシャツ。手には仕込杖。髪はボサボサの黒。だが、その眼光はまるで獲物を狩る肉食獣のようにギラついていた。




 『純粋の闇 真実の夜 不夜の空に黒きダリア舞う濁世が毒杯を授けるなら 我は煌めき満つる白蓮の庭園で 口写しの快楽(けらく) 祝杯を授けよう』

 術が完成するまであと数分。


 「まさか、剣聖が相手をしてくれるとは・・・光栄だよ。アリエス・フィンハオラン!!!」
 「・・・シルフィーがわざわざ用意してくれたこの仕込杖・・・。エクスカリバーには敵わないかも知れないが、少なくとも・・・シルフィーが来るまでの時間ぐらいは貰って行く。」
 
 
 アリエスも静かに杖を左手に構える。
 それを見たファルカスは痛い体に鞭を打って、静かに体を壁際に寄せた。2人の戦いを邪魔しない為に・・・。


 先に仕掛けたのはシュピア。
 アリエスの心臓めがけて一気に突く。
 しかし、アリエスはその剣を杖でからめ捕り、反転させてから剣を抜いて、シュピアの左腕を切りつけた。それもとんでもない速さで・・・

 シュピアも思わず身を引いたが、それでもアリエスの剣はシュピアの腕をとらえていた。

 「・・・なるほど・・・逆一文字か・・・。」

 傷口を覆いながらシュピアが呟く。
 
 「鞘の内の剣。すなわち居合を完全にマスターした者のみが操る最高の殺人剣。使いこなせる者が少なく・・・もはや伝説の剣と化したと聞いたが・・・なるほど・・・それが剣聖の由来か・・・。」

 そう言ってる間にもアリエスは遠慮なく斬りつける。あわててシュピアは防御するが、それでも尚、腕に小さな傷を負ってしまった。

 「喋ってると・・・舌噛むぞ・・・。」
 「ぬかせ!!!」

 再びの激しい剣術。

 シュピアからの攻撃をアリエスは鞘で留め、剣で攻撃する。それは、二刀流では無い。いうなれば一本にして二本の刀。
 
 しかも神速と言っても過言でないぐらい超高速の・・・。
 剣というのは薙いでは構え、次の攻撃に移るのが主流だが、アリエスの攻撃はまるで風に舞う糸の如く変幻自在。

 しかし、その剣とは裏腹にアリエスはかなりキツそうだった。
 
 当たり前。なにしろ、絶対安静の中、あんなことしているのだから。






 『苦悩の都に向かう者、我を受け入れよ 永遠の苦悩に向かう者 我を求めよ導け 我が望みし最後の都へ』

 






 ハァハァと息が上がるアリエス。それに対し、シュピアはまだまだ余裕のようだった。

 「おいおい・・・どうした?まさか、この程度で値を上げるんじゃないだろうね?」
 「黙れ!!!」

 再びアリエスは戦いの中へと戻る。

 戦い方は徐々にアクロバットになって行き、ついにアリエスは剣を鞘に戻すのをやめた。鞘で防ぎ、流れるようにシュピアに攻撃を繰り出す。

 それにはファルカスも見惚れていた。
 そして・・・だからこそ気が付かなかったのかも知れない。



 後ろから徐々に近づいてくる人影を・・・

 その気配に気が付く居たのはその人影が本当に真後ろに来てからだった。


 ヤバい!!!油断した!!クロノか!!?
 最初はそう思うが、クロノは未だにリオンの戦闘力の底上げを狙う為にオルガン弾き続けているし、そのリオンもまだロビンと剣を交えている。では一体誰・・・



 『病傷封(リフレッシュ)・・・』


 その呪文はものすごく柔らかく唱えられた・・・。
 
 「大丈夫ですか?」
 
 先程、自分がアリエスに掛けた言葉が後ろから柔らかな声で伝わる。
 
 「シルフィリア!!!」

 驚きを隠せなかったが、それでもファルカスはできるだけ声を抑えてその名を呼んだ。
 
 「どうだ!!!?成功か!!?」
 その言葉にシルフィリアが頷く。

 「すごいでしょう?あれが剣聖アリエス=フィンハオランです。」

 それを聞いてファルカスは再び納得する。怪我を負っていて尚、あの実力・・・。


 「世界の遠さが思い知らされるよ・・・。」

 でも・・・

 「今はそんなこと言ってる場合じゃ!!!」

 それにしたいしてシルフィリアはクスッと小さく笑い・・・。


 「そうでしたね・・・。」


 と言ってファルカスの肩に優しく触れて静かに戦いの場に躍り出た。

 その存在に気が付いたシュピアがアリエスとの間合いを取って静かにその姿を見つめる。

 

 その瞬間・・・アリエスも後ろに下がりフラフラと壁際に座り込んだ。流石に限界だったらしい。



 「シルフィリア・・・待っていたよ・・・。」
 シュピアのその言葉にシルフィリアは優しくお辞儀をする。

 「さて・・・現状は見ての通りだ。剣聖も金髪の馬鹿も使い物にならず、ロビンは未だに戦闘中。今は優勢のようだが、しかし、インフィニットオルガンから魔力供給を受けている以上、いつかはロビンが負ける。残るは魔術が使えない君とあの魔法医だけ・・・。特にあの魔法医は気に食わないから殺すけど・・・、他は君の答え次第では生かしてやってもいい・・・。」

 そんな言葉にもシルフィリアは先程のように一切笑みを崩すことはない。

 「さて・・・ではもういちど聞こうか・・・。聖蒼貴族が我が“空の雪”の配下となるか・・・否か・・・。」
 「否です。」

 それはあまりにも早すぎる結論だった。

 

 「・・・そうか・・・残念だよ・・・。」

 そう言ってシュピアは剣を構え直す。
 
 「では、君を殺して、他の者に問う事にしよう。幻影の白孔雀が殺されたとなれば聖蒼貴族も動揺ぐらいはするだろうからね・・・。」

 今にも襲いかかろうとしているシュピア。
 それに対し、シルフィリアは笑みを崩さぬまま・・・静かな口調で言い返した。

 

 「では、決着と行きましょうか・・・」


 
 シルフィリアの口から術式の最後・・・呪文の部分が吐き出された。










 『秤等す夢幻の理想郷(アガルタ・ル・アーカーシャ)・・・』



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